イノベーティブ・スタートアップ 2018.03.19
TEXT:Team Nelco

【Fintech(フィンテック)2018】金融業界で加速するAI活用事例

今ますますの注目を集めている人工知能(AI)。様々な業界の職業に取って代わると言われていますが、その中でも金融は特に大きな影響を受ける業界の1つとされています。昨年9月にはドイツ銀行のCEOであるジョン・クライアン氏が業務の自動化によって多くの雇用が失われることに言及したというニュースもありました。

ではデータ処理能力において人間を格段に上回るAIが取って代わる業務には実際どういうものが含まれるのでしょうか。今回は海外事例を中心に金融界でAIが活用されている分野を見ていきたいと思います。

分析・インサイトレベルの向上

機械学習をベースにおいたAIが得意とする業務の1つに「予測」機能が挙げられますが、これが銀行の融資やローンの判断に効果的に利用されています。

信用度評価の新アルゴリズム

最近では日本でも電車内広告等でAIによる個人向けローンの信用度評価サービスJ.Scoreを目にするようになりましたが、クレジットカード社会のアメリカでは、クレジットカードの信用度評価にこのAIが多く導入されています。

アメリカで代表的な信用度評価基準として長年使われてきたものに『FICOスコア』と呼ばれるものがあります。主に個人のクレジットカードやローンの審査に使われてきた基準で、個人の信用度を点数化したものです。300〜850点の間で評価され、アメリカで良いスコアとされるのは700点以上となっています。

myFICOより引用

しかし、このスコアに近年2つの課題が指摘されてきました。1つ目は680点より低いスコアを持つ層が多くいることでした。FICOスコアという従来の限られた信用度評価システムの中で680点より低いとされた消費者は、低い金利で融資を受けることができません。彼らが利用できるのは信用度が低いとされる消費者に融資する金利の高いローン、つまりサブプライムローンとなり、この複雑なサブプライム市場にいることで様々なリスクに巻き込まれるという問題がありました。

2つ目は、クレジットカード利用の期間が短いなど、FICOスコアを測るのに十分なデータがない人の正確な評価が難しいという点でした。このようにFICOのような既存の信用度を測る制度に変革が必要とされていたのです。

そこでFICOスコアを提供するFICO社はその分析ソフトウェア企業としての立場を活かし、現在AIによるアルゴリズムの強化に取り組んでいます。昨年12月には、”Explainable Machine Learning Challenge”と称したプロジェクトを開始。「AIのリサーチ」という名目で、持ち家を担保としたローン契約であるHELOC(Home Equity Line of Credit)の申請書データを匿名化した上でAIデベロッパー向けに一般公開し、深層学習を使った新たなアルゴリズムの開発を狙っています。

FICOスコア以外の信用度評価システムを作ろうとする動きも活発になっています。FICOに対抗する新たなモデルともされるVantageScoreや、ボストンに拠点を置くスタートアップの機械学習を用いたUnderwrite.aiのモデルは、FICOよりも多くのデータを活用し、正確な信用度評価ができるモデルを提供しています。

このような信用度をより正確に測るモデルを用いて、従来のFICOスコアで680点より低いとされていた消費者の信用度が上がることが期待されています。結果として、これまでよりも低い金利で借りることのできる消費者層が増え、ローン需要が高まることが期待されているのです。AIの活用により膨大なデータ処理とそれからの「予測」が金融業界で生かされる好例の1つでしょう。

信用度評価にAIを導入することは、私たちの生活の改善にも役立てることができます。WalletHubS-Peekといったアプリでは簡単に自分の信用度のスコアを把握できるほか、そのスコアを上げるためのアドバイスをくれるものまで現在では多く存在しています。

今まで信用度の評価プロセスには人的な作業も入っていましたが、AIの導入により今後はより客観的な評価基準が運用されるとともに、このように自分でスコアを確認し改善に取り組むことができるようになります。

ミレニアル世代の「お金のやりくり」をサポート

近年金融市場が懸念している、アメリカのミレニアル世代の「貯金なし」問題も、AIによる改善が期待されていることの1つです。

8000人以上のアメリカ人を対象にしたGOBankingRates社の調査では、ミレニアル世代が貯蓄できていないという問題を指摘しています。対象者全体でもまったく貯蓄をしていないと回答した人の割合は前年よりも増加し、その特徴は特にミレニアル世代で顕著に現れています。貯蓄額が$5,000以上ある人の割合も増えてはいますが、貯蓄ができない人たちの問題は深刻化しているのです。

こういった現状に対し、初任給が低いことや学費の返済が大きく影響しているとホワイトハウスは述べています。しかし、GOBankingRatesは別の調査結果も用いて彼らに「お金のやりくり」のサポートが必要であることを言及。そのレポートによると、給料ギリギリの綱渡り的生活をしていると答えるミレニアル世代は約半数もいるのに対し、6ヶ月分の生活費をカバーできるほどの貯蓄を行っていると回答した人の割合は約3割程度でした。

このような背景もあってアメリカでは個人の支出を管理するMintWallyといったアプリが人気です。Digitと呼ばれる「デジタル貯金箱」アプリは、銀行口座と連動させてユーザーの収入と支出パターンを機会学習を用いながら分析し、無理のない範囲で貯蓄用に口座から自動的にお金を定期的に引き落としてくれます。今では似たような機能をもつ多くのアプリが出ており、需要の高さが伺えます。そして中でも特に注目なのが、チャットボットを活用した個人専用のアドバイザリー機能を搭載したアプリです。

チャットボットによるパーソナルアドバイザーが味方に

ここ1~2年ほどの間に「家計簿アプリ」とも呼ばれる支出管理アプリや、ネットバンキングを行える銀行のアプリにAIを搭載したチャットボットが導入され始めています。その背景にはチャットボットの言語処理能力の向上があるようです。昨年12月の香港教育大学のデイビッド・コニアム教授によるチャットボットの言語能力のレポートにおいても、まだまだ改善の余地があるとされつつもその返信能力の高さが認められています。

チャットボットは人間同士のインタラクションに取って代わるという点から、2022年までに年間で約8億ドルのビシネスコスト節約につながると言われています。すでに大手銀行でもファイナンス管理のデジタル・トランスフォーメーションの最優先事項の1つとしてチャットボット導入を積極的に行っているのです。

Bank of Americaがチャットボットで一歩リードか

2016年に発表され、現在ローンチ間近とされるBank of AmericaのAIチャットボット”Erica”は口座管理から支払い、ユーザーの消費動向の分析やアドバイスに至るまで様々なファイナンシャルガイドを顧客に提供予定。これまでの金融系のAIチャットボットの中でも、特に高度なAIと顧客体験が期待されているポイントです。昨年ローンチされた大手銀行Capital OneのAIチャットボット”Eno”も同様のサービスを提供。今ではAIアシスタントのAmazon Alexaの拡張機能であるAlexa Skillの1つとしても開発され、Amazon Alexaを搭載したデバイスで利用可能です。例えば「アレクサ、今月スターバックスにいくら使った?」と話しかけて質問することもできます。

他にも香港に本店があるHSBCの”Amy”は香港エリア初のAIチャットボットとして顧客サポートを担っています。Mastercardは対話型AIプラットフォームKAIを提供するスタートアップKasisto社と提携し、Facebook Messenger上でMastercard KAIをローンチ。それと似たような形で、American Expressのチャットボット”Amex Bot”も個人口座や情報に関する質問への対応を行い、顧客との距離を縮めています。

このような対話型インターフェースを活用したお金の管理を行うアプリの中でも注目を浴びているのが、サンフランシスコのスタートアップのOliviaです。他のアプリにもあるお金のトラッキングや管理、消費習慣のアドバイザリー機能を備えているだけではなく、あらかじめ設定しておいた目標を基に「買っていいかどうか」の相談をすることができます。また、「高級車を買う」「ハワイへの旅行資金を貯める」といった高い目標を達成するためのプランを一緒に立てることも可能です。

現時点では、このユーザーフレンドリーかつ人的コストのかからないチャットボットで以下の処理が可能になっています。

  • 基本的な質問への回答
  • 窓口業務の代行(銀行口座管理、個人間送金等)
  • 信用度評価スコアへのアドバイス
  • 特定の目的達成に向けた貯蓄アドバイス
  • 支払い予定の通達
  • 現実的な予算編成
  • クレジットカードの支払い

業務の自動化

バックオフィス業務の自動化も、AIが可能にする最も基本的なことの1つとして挙げられます。ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)により、AIが事務系業務を「代行」する範囲が増えているのです。

BNY Mellon、JPMorgan ChaseのRPA事例

224年の歴史を持つ大手銀行、BNY Mellonは「ウェブロボット」とも呼ばれるボットを活用して、これまで人的に処理していた定型業務の自動化を行いました。資金移動のボットを導入するだけでも年間約30万ドルのコスト削減になると予想されていたようです。結果は、5つのシステムを跨いだ決算処理において正確性100%を達成したり業務処理時間を88%改善したりする等、多くの業務で人的に処理していた時よりも大幅な改善が見られました。

さらに不定型な業務での活用も見られ始めています。ここで挙げられる例の1つに、JPMorgan Chaseがあります。彼らはAIを搭載した”COIN”と呼ばれるソフトウェアで、商業用ローン契約書作成に弁護士や融資担当者が費やしていた36万時間を年間で削減することに成功。今までほとんど人的エラーとされていたミスを無くし、書類のレビューに要する時間を短縮化して、年間で12000にも及ぶ新規の大口契約のプロセスを改善しました。

このように、RPAで得られるメリットは次の2つになります。

  • プロセス時間の短縮化

ファイナンスに関する書類は多量かつ扱いが繊細な情報であることがほとんどです。そのため慎重な処理が必要になり、結果としてレビューも含め書類作成に多大な時間がかかるという問題があります。この処理を正確かつ迅速に行う部分こそ、AIの役目の1つとなります。特に特定のパターンの学習を得意とする機械学習によって、活用するほど情報処理の精度やスピードは向上します。

  • 入出金精算の重複や人的エラーの防止

例えば経費清算1つをとっても、人的処理が絡む分、人的なエラーも増えます。今まで2重チェックしていた分も今後はAIがカバーできる分野の1つになります。

セキュリティの強化

AIは、その膨大なデータ処理能力や学習能力等からセキュリティ分野での貢献も期待されています。すでにネットバンキングが主流であるアメリカにおいて、セキュリティ強化は必須とされてきました。

カード不正利用を防止:増えるセキュリティ専門スタートアップ

クレジットカードの利用店舗、利用時間、利用額といった大量のデータをAIが処理し、不正取引の特徴を学習してリアルタイムで検知する、といったことはAmerican ExpressやVisaですでに行われています。また大手銀行は、マルウェアウイルス対策を行うMenlo Securityやeコマース上で不正なクレジットカードの払い戻しを検知するSignifyd、データマイニングのEnigma、個人の本人確認システムのTruliooといったサイバーセキュリティ系のスタートアップに多額の投資を行い、セキュリティレベルの強化に注力しています。

このような各金融機関のセキュリティに対する活発な動きはCitibankの動きからも見ることができます。

彼らの投資・買収部門であるCiti Venturesが投資したスタートアップ企業の1つにFeedzaiがあります。彼らは大規模な分析を通して、オンラインや銀行窓口を含めたお金のやりとりが行われるほぼすべての場面において、不正行為やその疑いがある動きをリアルタイムで検知し、顧客に警告を送ります。またeコマースの場面では入金する側と小売店を繋げ、彼らのファイナンシャルアクティビティの監視、保護を行います。Feedzaiはこのようなサービスにおいて、ビッグデータや起こり得る不正行為の分析を行うために機械学習を活用しているのです。同社は昨年2017年のSilicon Valley BankとIn-Q-Telの主催するピッチイベントにおいて、バンキング・eコマース分野の「最もイノベーティブなAI系スタートアップ」に選ばれました。

銀行内部もAIによる監視の対象に:Credit Suisse

AIによる行員監視もセキュリティ強化の面で挙げられることの1つです。金融コングロマリットのCredit Suisseはアメリカ・パロアルトに拠点を置くスタートアップのPalantirとのジョイントベンチャーであるSignacを2016年に設立。この設立の背景には、Credit Suisseの競合であるスイス大手銀行・UBSのトレーダーが2011年に不正取引で巨額の損失を出したことがあります。

SignacはCredit Suisse用にデータ統合・分析プラットフォームを開発。オフィスへの入退出カード使用履歴や電話の使用頻度など、行員に関する膨大なデータを統合することで、彼らの行動を追跡し違法行為を特定することを可能にしています。

新たなセキュリティ概念の”Moving Target Defence”

また、近年新たなサイバーセキュリティの概念である”Moving Target Defence”にも業界の注目が集まっています。ここ数年で「アクティブディフェンス」と呼ばれるセキュリティ戦略が進み、攻撃が本格化する前に兆候をつかみ、素早く対策を講じるようになっています。Moving Target Defenceはこのアクティブディフェンスの中の概念です。

これまでデータを保護するには、特定の場所に保存されたデータを暗号化するという手段が取られていたため、その暗号文の盗用や暗号化キーの攻撃、さらに暗号化されたデータの破壊やランサムウェア攻撃などの攻撃に対して脆弱でした。Moving Target Defenceは攻撃の兆候が見られると、データの移動や再暗号化を行うので、保護されたデータへの攻撃が難しくなります。

この技術を扱うCryptoMoveは今年1月にシリーズAの資金調達に成功したばかり。すでにアメリカの国土安全保障省やフランスの金融機関のBNP Paribas等が顧客になり、その技術力を世に広めている段階です。

今後もセキュリティ関連はさらなる進化を遂げていくでしょう。

まとめ

今回、金融界におけるAIということでその動向をいくつか取り上げましたが、その活動範囲は細かく多岐にわたります。AIがもつ性質と金融業界は非常に相性が良いと言えるでしょう。記事冒頭で紹介したジョン・クライアン氏の言葉が現実味を帯びるのも遠い未来ではないように感じます。

これからも業界のデジタル・トランスフォーメーションが進むに連れて、AIの導入がさらに加速していきます。私たちのような顧客側もAIとのコミュニケーションに慣れる必要がありそうです。今後もAIの動向に注目していきたいと思います。

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